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工藤静香の概要

工藤静香の概要

幼少期を青森県で過ごす。
小学生の時には劇団「東俳」に所属。
1984年第3回「ミス・セブンティーンコンテスト」に出場。
  同コンテストの同期には国生さゆり、渡辺美里、松本典子、網浜直子などがいる。
  木村亜希、柴田くに子(後の森丘祥子)と
  「セブンティーンクラブ」の一員としてデビューしたが、1985年に解散した。
  モモコクラブのメンバーになり、その後「おニャン子クラブ」のメンバーとなる
  おニャン子クラブ(以下、おニャン子と略)の生稲晃子・斉藤満喜子と
  ユニット「うしろ髪ひかれ隊」を結成。
1987年8月31日、『禁断のテレパシー』でソロデビュー。その後ヒット曲を連発し、
  1980年代後半から1990年代前半を代表する女性歌手の一人となる。
  特に1989年は『恋一夜』『嵐の素顔』『黄砂に吹かれて』と
  50万枚以上の大ヒットを連発し、その年のシングル年間ランキング
  上位10曲の中に3曲入った。
  『黄砂に吹かれて』はオリコン6週連続1位の記録を持っている。
  またこの曲でTBS系『ザ・ベストテン』最終回の1位を飾った
  (緊張のためか歌詞を数ヶ所間違えるハプニング)。
  おニャン子関連の曲もしくはおニャン子出身者の曲でベストテン第1位を
  獲得したのは工藤静香ただ一人である。
  またこの番組の1988年年間ランキングで6位に入った。
1994年3月20日に発売されたシングル『Blue Rose』ではソロデビューから全ての楽曲
  を提供していた後藤次利と離れ、セルフプロデュースを展開。
  作詞はほとんど本人が担当し、都志見隆、松本俊明等の作曲家が参加。
1997年に石橋貴明とユニット「Little Kiss」を結成してシングル『A.S.A.P.』を発売。
  音楽番組で歌唱中に実際にキスするパフォーマンスが話題を呼んだ。
  但し、おニャン子登場時しばらくは、とんねるず他の司会進行者からも、
  全くと言ってよい程、アテにはされていなかった
2000年~2002年、友人YOSHIKIが主宰するレコード会社「EXTASY RECORDS」に所属。
  一時期2人は交際しており、その時の髪色など風貌はYOSHIKIそっくりだった。
2000年11月、SMAPの木村拓哉とできちゃった結婚。つわりがひどかったらしい。
  結婚後、工藤と木村は工藤の両親と同居している。
  そのため木村のファンの中には、木村が婿入りし現在の本名は
  「工藤拓哉」だと勘違いしている者がいる。木村と違って子供のことをよく話す。
2001年5月1日に長女と2003年2月5日に二女を出産したことで音楽活動からは
  遠ざかっていたが、2005年2月16日に々のシングル『Lotus~生まれし花~』を発売。
  所属レコード会社はデビュー以来の「ポニーキャニオン」に復帰した。
2004年にラスベガスにて自身がデザイン・プロデュースする宝飾ブランド
  「TREASURE IIII」がデビュー。海外で行なったのは、
  工藤静香の名前が先行してデザイン評価されないようにする為だったらしい。
2007年5月23日には『雨夜の月に』をリリース。
  『Lotus~生まれし花~』以来、久々に自身による作詞のシングル曲となった
  (フジテレビ系ドラマ『麗わしき鬼』主題歌にもなっている)。

         

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